ショパン:ピアノ協奏曲第2番 他 ダヴィドヴィチ(p) マリナー=LSO (PHILIPS)
曲目・演奏者
●ショパン:
[1] ピアノ協奏曲第2番 Op.21
[2] クラコヴィアク Op.14 (コンサート ロンド)
■ベラ・ダヴィドヴィチ(p) ネヴィル・マリナー指揮 ロンドンso
ディスク・データ
CD// 海外盤 {DDD} PHILIPS*410 042-2
発売:82年/録音:1982年/収録時間:48分
△ディスク=MADE IN W. GERMANY BY POLYGRAM (ディスク中心部の刻印なし)
△プラケース=ハード・タイプ
コンディション
◇ディスク:A-〜B+/ 小スリキズ部分的にあり / 内縁にスリキズあり(強め含む)
◇ブックレット:A-〜B+/ シワ, 波うち少しあり / ジャケ面にスレ線, スレ少しあり / 白地部分に軽い変色あり / ホッチキスにサビ少しあり
◇プラケース:B ◇バック・インレイ白地部分に軽い変色あり
録音データ・その他
☆1982. 2 ロンドンにおける録音。−ダヴィドヴィチはアゼルバイジャン・バグー出身のユダヤ系ピアニスト (1928- )。6歳よりピアノを始め、9歳でベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番を演奏するなど神童ぶりを発揮。1939年 モスクワに行って音楽教育を受け続け、1949年 ハリーナ・チェルニー-ステファンスカと並んで第4回ショパン国際コンクールの覇者となりました。同年 モスクワ音楽院を首席で卒業し、ソ連と東欧で演奏活動を開始。その翌年にはヴァイオリニスト ユリアン・シトコヴェツキーと結婚するなど幸せな時を過ごしましたが、わずか6年後にシトコヴェツキーが肺癌を発病し 1958年に死去するという悲劇に見舞われました (ヴァイオリニスト ディミトリ・シトコヴェツキーを “残した” のは幸いでした)。ダヴィドヴィチは1978年 アメリカに亡命して米国籍を取得。以後 “西側” で活発に演奏活動、教育活動を展開しました。録音はソ連時代にもMELODIYAにおこなっていましたが、亡命後 PHILIPSレーベルをはじめとしたいくつかのレーベルにおこない、当アルバムも亡命後 西側で大いに注目されていた頃の録音のひとつです。瑞々しいタッチ、丁寧な歌い口、繊細な歌心。
個性的ではありませんが、実に充実した演奏で、ショパンの故郷ポーランドの素朴さが色濃く感じられる[2]も、マリナーの見事なオケとともに見事な演奏で大いに楽しませてくれます。
−もとは国内初出盤 32CD-123 であったもので、二ツ折の日本語解説書 (H. C. ヴォルプス・和訳) がついています (シワ少しあり)。
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