ショスタコーヴィチ:交響曲第1,14番 ラトル=BP,マッティラ(S) 他 /L (EMI・2CD)
曲目・演奏者
●ショスタコーヴィチ:
[1] 交響曲第14番 Op.135 (死者の歌) §
[2] 同 第1番 Op.10
■サイモン・ラトル指揮 ベルリンpo [1]カリタ・マッティラ(S) トーマス・クヴァストホフ(Br)
ディスク・データ
CD// 海外盤 {DDD} EMI*3 58077 2 (2枚組)
発売:06年/録音:2005年LIVE/収録時間:54+32分
△スリムケース・タイプ △露語詞・独英仏訳掲載 △ディスク=MADE IN THE EU
コンディション
◇ディスク:1)A-〜B+/ 横方向スリキズ少しあり(強め*動作確認済) / その他小スリキズ少しあり,2)A-/ 外縁部分的に小スリキズあり
◇ブックレット:B+/ シワ少しあり(裏表紙小口側端に強め) / 裏表紙小口側上下角に小キズ少しあり, 内部に少しあり影響あり
◇プラケース:A-〜B+
録音データ・その他
☆[1]2005. 9. 16〜19,[2]2005. 6. 15〜17 ベルリン・フィルハーモニーにおけるライヴ録音。(P) スティーヴン・ジョンズ、(E) マイク・クレメンツ。
−ラトル&ベルリン・フィルが残した唯一のショスタコーヴィチ交響曲録音。ラトルは1984年 POと第10番、1994年 CBSO と第4番を録音していました。
−第1, 14番は初録音ですが、イギリスのテレビ番組「リーヴィング・ホーム 〜故郷を離れて 20世紀音楽への誘い」の2枚組サウンドトラック盤に、[1]の第8, 9楽章が収録されていました。
−メインである [1]は大変な曲。11の楽章からなり、ソプラノとバスの独唱が全楽章にあり、実質 声楽曲。ロルカ (スペイン)、アポリネール (フランス)、キュヘルベケル (ロシア)、リルケ (ドイツ) の死をテーマとした詩が歌われます。初版はキュヘルベケル以外の歌も全てロシア語訳でしたが、その後 改訂した際にオリジナルの詩の言語に再翻訳されました。楽器編成は弦楽合奏と打楽器のみという特殊なもの。無調、十二音技法、トーンクラスターなどの前衛技法がショスタコーヴィチなりに消化した手法で用いられています。マーラー、ムソルグスキー、バルトーク、ブリテンなどの影響が聞かれますが、曲は、中でも最も影響を感じるブリテンに献呈されています。
−気の利いたメロディなどなく、聞き流しで楽しめる曲ではありません。ショスタコーヴィチは1962年 ムソルグスキーの「死の歌と踊り」の管弦楽伴奏の編曲をおこないましたが、折しもショスタコーヴィチは体調の悪化から死を意識するようになり、この作品をひとつの集大成とみなして書いたとのこと。聞き手も詩の表す死について向き合い、じっくりと味わうべき作品です。−辛口曲想の中にあって、唯一のロシアの詩人の歌である第9楽章「おお デルヴィーグよ」は情感的な弦楽のカンタービレで始まるのが意外。反体制として追放された詩人らの悲劇が語られ、「天才の喜びとはなんだ、どこにあるのだ」と歌われますが、恐怖政治の中の天才作曲家 ショスタコーヴィチ自身と重ね合わせているのでしょう。その後 リルケの不気味な詩「詩人の死」が不気味に歌われ、続く終楽章「結び」で、骸骨を思わせるウッドブロックが鳴る中「死は偉大だ、われらは死の一族」と歌われ 高揚しますが、死が突然訪れるかのように、曲は突然 終わります。
−ラトルとベルリン・フィルの演奏は、激しさや息詰まる緊張感で聞かせるのではなく、知的なコントロールが効かせた、大変 洗練された演奏です。レクィエムのような演奏でもあり、死についてじっくりと味わうためのシブイ演奏という気がしました。
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