モーツァルト:ピアノ協奏曲第20,22番 ルフェビュール, Rゼルキン(p) カザルス= (SMK66570)
曲目・演奏者
●モーツァルト:
[1] ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466 (カデンツァ:F. ゴールトベック)
[2] 同 第22番 変ホ長調 K.482 (カデンツァ:R. ゼルキン)
■[1]イヴォンヌ・ルフェビュール,[2]ルドルフ・ゼルキン(p) [1,2]パブロ・カザルス指揮 ペルピニャン音楽祭o
ディスク・データ
CD// 海外盤 {MONO/ ADD} SONY*SMK 66 570
発売:94年/録音:1951年/収録時間:67分
△カザルス・エディション △ディスク=Made in USA
コンディション
◇ディスク:B+/ スリキズ部分的にあり(小さめ)
◇ブックレット:A-/ 小口側端に小シワ少しあり
◇プラケース:A-〜B+
録音データ・その他
☆[1]1951. 6. 17,[2]1951. 7. 26 以上フランス領カタルーニャ・ペルピニャン音楽祭における録音。
−[1]のルフェビュールはパリ近郊エルモン生まれのフランスの女流 (1898?- 1986)。マルグリット・ロンにピアノを師事した後、9歳でパリ音楽院に入学。そこでアルフレッド・コルトー、モーリス・エマニュエル、シャルル- マリー・ヴィドールに師事しました。コルトーは1919年に創設したエコール・ノルマル音楽院にルフェビュールを助手として招き、彼女は後に同校の教授となりました。しかし1940年 彼女はパリを離れ、すべての公開演奏を中止し、恋人がスペインへ渡るのを手伝うためペルピニャンへ向かいました。ふたりは1947年に結婚しましたが、この頃 ルフェビュールはパブロ・カザルスと交流を開始し、彼を通してバッハの音楽に触れたとのことです。1950年 カザルスらが開催したプラド音楽祭に参加し、バッハの平均率クラヴィーア曲集を弾きましたが、翌1951年 ペルピニャンで開かれたカザルス主催の音楽祭にも参加し、[1]の録音を残しました。カデンツァはパリを去るきっかけとなった恋人 フレッド・ゴールドベック作。彼はオランダ出身 フランス人音楽学者, 指揮者 (1902- 81)。1940年 パリを離れたのは、ユダヤ人であったためナチスのパリ占領から逃れるためだったのではないでしょうか。
ー 音は決してよくありませんが、演奏は素晴らしい。悲劇性を強調することなく、恬淡としていて極めて流麗。繊細ながら繊細過ぎず、タッチは明快。これぞフランス伝統の粋。一方のカザルスのバックは線が太くて強く、逞しい生気にあふれており、これまた素晴らしい。また48歳時のゼルキンの [2]も好演です。両者独自のカデンツァも聞きもの。なお どちらもライヴ演奏と思っていましたが、その表記はなく、拍手なし、会場ノイズもないようです。
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